はじめて会ったのはチェジュの海鮮鍋屋か、江南のカラオケ屋だったはず。はっきりとした記憶はない。どちらにしても正体もわからぬほど酔っぱらっていたことは間違いがない。

 崔ほど酒の強い人間を知らない。とりあえずビールという私を尻目に韓国特有の瓶のまま冷蔵庫で冷やした焼酎をそのまま飲む。それが彼の飲み始めるときの決まったはじまり。女性が接客してくれるクラブでおなじみの爆弾を何杯も飲む。それでも、帰りは車を運転して帰る。

 私より少し年下だったと思う。180㎝を超える身長、ラガーマンのような体躯。黒髪をきっちりと撫で付け、いつもきっちりと耳の上2㎝刈り上げている。黒いダブルのスーツ。太い渡りのツータック。ピカピカに磨き上げられた先の尖った黒い革靴。笑うと細い上弦の月のようになる目。

 

 大阪の北新地の奥まった日本人が誰もいないだだっ広いクラブでニューヨークの大学に行っていたこと、将来は貿易の仕事をしたい、妹がもうすぐ日本に来るんだ、そのために引っ越し先を探している、今住んでいるところよりもう少し広めの物件。そんな話を聞いた。4軒目くらいだったと思うからふたりともうまく呂律が回ってなかった。その日の崔はいつになく酔っていたように思う。

 タイ人(って言っていたような気がする)の小柄な女性にカラオケを勧められ、ミラーボールが回る案外広いステージの上でサザンオールスターズの『TSUNAMI』を私以外日本語のわかるもののいない店内で歌う。べらぼうに上手く、熱唱する。胸を張りステージを降りてきた崔に言う。

 「うまいねえ、歌。でもさ、オレ、サザンあんまり好きじゃないんだ」

 

 北京に行ったときもふたりで飲んだくれていた。赤い服を着た若い女性が100人くらいいる店で飲んでいた。すこしすると店内がざわざわしだした。席に付いていた女性も何事かわからずきょろきょろあたりを見回していた。崔は私の手をひっぱり席を立つよう促した。「とうきょくのていれ」そう言い慌てるでもなくいつもと同じ速度で歩きだした。店を出て入店したときと同じエレベーターに乗りこむ。そして階を選ぶボタンを押すのではなく、どこかのボタンを引っ張った。そうすると背面の壁が開いた。驚いた私に子どもがするような、どうだいみたいな笑顔を浮かべゆうゆうとその先へ歩きだした。そのあとを私は口を開けてついて行った。

「当局の手入れ」

 ビルを出て崔の言葉を頭の中で漢字に直したら私の酔いはすぐに醒めた。寒い夜、月が大きく、崔は笑って言った。

「あぶなかったね」

 

 コーヒーロースターになると崔に話したとき、おめでとうと右手を差し出してきてくれた。大きな手だった。握手をした私の小さな手は彼の握力で潰れそうだった。いや、潰れてしまえばよかったのかもしれない。

 いつか貿易会社を作ったらコーヒーを韓国や中国に売りに行ってあげるよ。そう言って笑ってくれた。たぶん、コーヒーロースターで私が生活できるなんて思っていなかったはずだけれど、彼はそう言ってくれた。そして、小さな居酒屋で乾杯をした。

 韓国人はダメだっていうんだ、この間行ったヘルスは。

 妹がさ、大学に行かず、なんか夜の店で働きだしたんだ。

 奥さんは元気か?大切にしないといけないよ。

 そういえば、ソウルの金姉さん、光州に両親の家を建ててあげたんだって。

そんな話をしたのが崔と一緒に飲んだ最後だった。

 

 今頃どこにいるんだろう。

細い上弦の目をした崔とまた一緒に酒を飲みたい。