鳥を放す

 中学校のプールサイドにある家の前に立っていた。2階建ての家の中を覗く。20㎝くらいの鳥がいた。古びた勝手口のドアノブを引く。少しぎこちなくだけど動いた。誰々くんいますか?声を出す。返事はない。もう一度さっきより大きめの声で呼ぶ。空気が揺れるが返事はない。靴を脱ぎ台所に上がる。なぜ、知らない家に勝手に上がっているのだろう。さっきの鳥がいた部屋に向かう。

 

 幼いころ、毎日同じ夢を見ていた。誰かに追いかけられている。同じ場所をぐるぐる回っている。追いかけてくる人の顔はわからない。体型も性別も。自分が泣きそうな顔で必死に走っているのは見えている。疲れ果て、もうだめだ、そのときは家の勝手口のわきにある大きなプロパンガスのボンベの間に隠れる。2本並んでいた。どう考えても見つかるはずなのだけれど、夢はそこで終わる。そしてまた、今夜も逃げまどう。

 

 鳥は茶色でずんぐりむっくりだった。映像なのかと思ったけれど、触れると毛の感触が確かにあった。抱き上げようとした瞬間、物音がした。誰かが帰ってきたのかもしれない。隠れなきゃ。そう思った。そして低く大きな卓袱台の下に潜り込んだ。足音がひとつ。声がした。おとーさん。おとーさん。私を呼ぶ息子の声。私は体を先ほどまでより強張らせ卓袱台の下から出ようとしないと決めた。

 

 社会人になって1年ほど全く夢を見ない時期があった。そのときは生活が充実していたのかというとそうでもない。生活は変わらない。だけど、悪夢にうなされるときもあれば、官能的な喜びの夢を見るときもある。

 

 息子はいろんな場所を探したけれど私がいないことにがっかりしているようだ。そして見つけるのを諦めたとき鳥に気付いた。近寄るわけでもなく、ただ鳥を見ているようだ。しばしの時間が経った。そのとき物音がした。玄関のカギが開く音。息子があっと小さな声を出す。家人が帰ってきたことに気付いたらしい。勝手に人の家に上がり込んでいることに気付いたらしく、息子は慌てた。そして鳥を抱きしめて窓を開けた。逃げろ。私は心の中でそう叫んだ。靴が勝手口においたままだと息子は思ったらしく少し躊躇した。だけど、意を決したかのように突然窓の外に鳥を投げた。

 

 鳥は羽ばたかず、下に落ちた。