カレーとライス

 昔のことをあまり覚えていない。過去に興味がないというわけではなく、自然と忘れていく。記憶力がよくないのだ(昔バンドやってたとき自分で作った歌詞を覚えることが出来ないくらいの病状)。

 そんな私が覚えている光景がある。たぶん私は小学校低学年、どこかのドライブイン。家族旅行のことだと思う。私たち家族(家族の顔が見えないけれどたぶんそう)がいるテーブルの左側の四人掛けのテーブルにモスグリーンの作業着の男性がひとり。大きなガラスの水差し。まもなく男の前にカレーライスが運ばれてきた(自分たちが何を食べていたのかは全然覚えていない)。シルバーの皿に白米、シルバーのハイヒールみたいなやつにカレー。ホテルの欧風カレーのようなスタイル。殺風景なドライブインには何だか不釣り合いな感じ(40年くらい前はそんなスタイルが流行ってたのかしら?)。男は待ちかねたように、ハイヒールのカレーを大きなスプーンですくい白米の右側にかける。白米とカレーを混ぜて食べる。なぜか目が離せない。なぜか?カレーと白米のバランスが悪いのだ。最初からそんなに多くの量のカレーを使うと、後半は白米だけになってしまう。ただガツガツ食べている男をよそに、幼い私は勝手にドキドキしていた。

 

 三角食べを学校の給食の時間に教わった。家庭でもそう、すべてが同じくらいのバランスで終わることが良いと教わった。そんな私には男の自由な食べ方が衝撃だったんだろう。さあ、後半どうなるどうなる、ひとり胸を高鳴らせながら見ていたのだけれど、男はクールにスプーンを口に運ぶ。カレーが終了し、白米が残った。さあ、どうする、男よ。

 男性は、悠然と銀皿のはしっこにあった赤い赤い福神漬けで残った白米をすべてかきこんだ。そして一息をつくでもなく伝票を持って去っていった。

 

 たったそれだけのこと。だけど、ふいにその風景を思い出すことがある。

 

 tico moonの影山さんがコンサートのMCで「カレーライスのカレーは右派?左派?」とお客さんに聞いて変に盛り上がったことがある。右利きの私はカレーが右だと疑いもしなかったのだけれど、案外そうでもなかった。

 

 飲んでるときにカレーの話になり、カレーとライスは混ぜて食べるのか?混ぜないで食べるのか?って話になったときに、別々に食べるものでしょって言う人がいた。

 

 今日の昼もカレーを食べた。週に何度も食べている。だけど、未だに銀色のハイヒールに入ったカレーを食べたことがない。もし、いつか食べることがあれば(なぜ一度もないのかが謎)、私はあの男のようにクールに食べることが出来るだろうか?バランスなんて考えず、自由に食べる。

 

 たぶん、あのときの男に私はずっと憧れているんだ。