わからなくても通じる言葉

  英語がまったくわからない。話せないのはもちろん、聴きとることも読解することも出来ない。そもそも単語もほとんど知らない。構文も慣用句も知らない。子どもたち(高校と中学)に、ここ教えて~と言われても、何にも出来ない。

 そんな私だけど、大学を卒業後、ローカルの旅行会社に就職した。大手の会社のように分業制などなく、営業から集金まで自分の担当はひとりですべてを行うことが、当たり前だった。そこには添乗業務もあった、だから海外にも付き添った。現地に着けばガイドがいて言葉に不自由することはほとんどなかったとはいえ、ガイドも就業時間が終われば帰る(特にヨーロッパは時間きっちりだったなあ)。その後、なにかトラブルがあれば私が対応しなければならない(あたりまえだ、それが仕事)。そして、トラブルというものは決まってそういう時に起こるのだ。

 海外への添乗がとにかくイヤだった。それならば語学の勉強をすればいいと思うのが普通だが、当時の私は普通ではなかった。私は、こんなところにいる人間じゃないんだ、そう、二十歳を大きく越えているにも関わらず思春期とういうの病を患っていた。他人の評価が正解の世界で、圧倒的に自己評価の高い(何もしていないのにもかかわらずだ)絵に描いた屑野郎だった。

 とはいえ、小心で生真面目だから、仕事はした。海外添乗の前日なんてほとんど眠ることが出来ずお腹が痛くて布団の中で丸まって朝を待っていた。

 

 先日ヨーロッパに行ってきたよと知人がお土産を持ってきてくれた。お茶を飲みながら土産話を聞いて驚いた。「ポケトークiPhoneがあったから日本語以外使わなくても快適に全日程を過ごすことが出来た」と満足そうに言う。

 今はそんな時代なんだなあ、なんだったんだろう、オレのあの眠れぬ夜とお腹の痛さは。ドラえもんの道具が現実にあるような社会になったんだなあ、なんて思いながら知人の話を聞いていた。

 その2日後、ラジオを聴いていたら、ある芸人が渡米して2年になるけれど、まったく英語がわからないってことをパーソナリティーの芸人が弄ってた。2年が長いのか短いのかはわからないけれど、そんなものかもしれないなあと思っていたら、弄られた芸人の一言でなんとなくモヤモヤしていたものがすとーんと腑に落ちた。

 

 2年いて英語がわかるようになるより、全然英語がわからないのに2年も問題なく普通にアメリカで暮らせているほうがすごくない?(たぶんこんな感じの意)

 

 そうだ、そうだ、そうだよ。私なんて1週間行くだけでお腹が痛くなっていたのに、現地ガイドだっていたのに。。。ひとりで英語も聴きとれず、話せず2年暮らす、すごいことだ。なんとなくだけど、その芸人はポケトークもグーグル翻訳もiPhone使ってないような気がする。満面の笑みとフレンドリーな心で言葉が通じなくても人との距離を近づけることが出来ている、そう思った。

 旅も人生も間違うから面白い。グーグルマップを使えば道に迷わないし、乗り換え案内を検索すれば最短のルートを教えてくれる。今度は言葉という障害までも取り払われた。便利と快適という怪物が私たちを飲み込んでいく世界。

 

 わからないから一生懸命話した。ホテルのロビーで、食堂で、空港で。身振り手振り。私も相手もわかろうとした。必死で、相手の話を思いをわかろうとした。

 その時間がなくなることが良いことか悪いことか私にはよくわからないが、私が翻訳の器械を使うことはないだろう。コミュニケーションを失くしたくないから。逆のことを言ってるように聞こえるかもしれないけれど、言葉が通じ合うことがコミュニケーションだと思ってないんだ、私はきっと。

 

 本当のような嘘の言葉もある。

 わからなくても通じる言葉もある、きっと。

 

 少なくとも私はそう信じている。